ダメと言われても「夜の街」に繰り出す人は何を考えているのか
NewaPicksを見ていて気になった記事です。
新しい生活様式が未来の正しい姿なのか?
新しい生活様式というものを自分は完全には受け入れられない。
さも正しい未来の姿の様にニューノーマル、アフターコロナ、新しい生活様式など言葉が乱立しているが、人間らしさを感じない未来しか見えない。
確かに良い面もあった。
無理して出張に行く事も減り、リモートミーティングで済ませれることも増えた。
そのお陰で家で過ごす時間も増え、家族との時間が増えた事は良かった事の一つだった。
新しい生活様式でも良いかな。と思い始めていた時に、ふとマスクをしていない人を見て「えっ?」と思った自分を疑った。
自分は何も考えずマスクをしていないというだけで目の前の人を非常識と思いそうになっていた事に愕然とした。
社内規定になってしまったので基本的にはマスクはしているが、人が少なかったり、屋外の時は不必要だし、少し涼しくはなったが、湿度が高いので常にマスクをしていたら酸欠になる。
そういう事を考えずに目の前の咳込んでも居ないマスクをしていないだけの人を非常識と断罪しようとしていた。
脳がコロナにやられたかと思う出来事だった。多分、マスクを付け過ぎて酸欠で頭が回らなくなったことも影響したと思いたい…

新しい生活様式に関しては良い面と悪い面があることを理解するだけでも考えて判断できるキッカケになると思う。
不自由を受け入れる必要と拒否する必要
記事の中に『人間は不自由と引き換えに「快適・清潔・安全」を手に入れてきた』という文章があるが、確かに新しい生活様式のお陰で清潔さと安全は手に入ったかもしれないが、自由を失っている事は大いに納得できる。
自由という言葉よりも自分は人間らしさを失った様に今は感じている。
皆が我慢しているから…周りの目が怖いから…という思考が止まった行動になる新しい生活様式の送り方はしたくないということであって何度も言うが全て批判する訳ではない。
どの時点で落ち着いたら…と言えるかは分からないが、不自由に振り切っている新しい生活様式ではなく、多少の快適、清潔、安全が欠落した人間らしさに基づいた生活様式で日々を送りたい。
行き過ぎた自粛や対策は人間が人間らしく生きていく事を否定している様になっていると思うし、今のままだと指示以外の行動が出来ないロボットの様で生きた心地がしない。
新しい生活様式を何も考えず受け入れて、反射的にどういう行動を取るのが正しいかを判断するのではなく、考えてベターな行動は、こうだと常に判断できるように気を付けたい。

最後に夜の街に行けなくて嘆いている訳ではない事は強く言っておきたい。笑